タマラの日記

インディゴ世代より上のおばさんです。こんな年になって目が覚めるとは思ってもいませんでした。本当に生き方変えれるのかなあ?ウギャ―!

明けまして、さてなにするか。

ここのところ他のブログでは整理整頓をしています。

そうすることでいらないものを確認していっています。

綺麗に切断されていく感覚がなかなか良いです。

 

体験記などの過去の出来事を記している以外は

書いている時リアルタイムでしんどいときもあります。

 

ですがそれは楽しんでいるのです。

 

書いておくと後になって、しんどくなっている体験を

楽しんでいることにありありと気づけます。

 

数年前までであればそれを引きずることも

多かったですが、最近はすぐにしんどい状態は明けます。

ものすごくしんどそうに見えても半日から一日で終了です。

 

そのうえ、過去世的なものや今世の過去をネガティブに観る

必要も無条件化をバリバリやってたおかげでなくなってきました。

 

 

要するに

 

明けまして、さあ何しようか。

 

という感じなんです。

 

 

 

昨年の秋ごろ、ツイン?さんと握手する機会があり

その帰りに 《私は在る》 みたいな状態になったんです。

夜行バスのなかでですよ(笑)

 

ふと顔を上げたらバスのデジタル時計が5:55を指していたでしょうか。

そのあと、歓喜と恍惚がやってきてしーーーんとした世界に

自分がひとり在るだけってのを感じました。

 

それから数日、感情は少しも動かず

とにかく自分のまわりは静寂しかない

あんなに好きだと思っていた人のことも

好きかどうかさえわからない

コントラストのある世界に生まれた意味を

やっと解ったといったところでしょうか

 

そしてブログって

クリエイティビティからの発信ではないものを

目にしたり発信したりしようとすると

マインドぐるぐるになりやすいなと

ちょっと回線を切る時間を長くとってみたら

 

かなり静寂なんですよね

そこで、《私は在る》 な私のことを思い出したと。

そして、パターンも明けたと。

 

ここで目覚めたという言葉を使うと

少しめんどうくさくなるんで使いません(笑)

 

明けたんです。

 

 

やっと体験を自分で創造するということなのか。

そこで魂が喜ぶことの出番。

 

それがわかりにくいっていうかねー。

魂がよろこぶことなんて今までも沢山あったぞ?

今までとどう違ったようになるんだろうか。

 

ばばーだし

まあゆったり暮していればいんじゃね?と思うんですが

さて、どうしたものか。